求める姿勢

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もう数年前・・・
私が今のスタイルを確立する前、模索の時代と言っても良いかな

自分の犬を飼い始めてもう30年以上たちますが、自分が信じて疑わないものが揺らいだとき

かなり抵抗もしましたが、自分の中の支配的な気持ちがどんどんなくなって行くにつれて
本当に正しいものが見えてきて、さらに学ぶ意欲が強くなったものです。

本当に正しいものは一つだけだと思いますから
色々なルートで目指しても行きつく先は一つだと思うのですね。

プロでも学ばなければいけない、というか、
プロだからこそ学ばなければいけない、と。
一応、色々なプロですのでどの職についてもそれは絶対だと思うのですが
この犬の世界、プロが学ぶと
「自分に自信がないのか?」
と言われることが多いのにびっくりしたものです。それでも学ぶと
「盗用」
だと言われ
または
「曲解だと」
言われる。
そういうものも含めて、支配的な人間の行動を壊していきたいと思っています。

せっかくムツゴロウさんが、私の質問に対してお答えになろうとしているのに
今まで読んでいたの?的な人がこぞって気分の悪くなるようなコメントを載せる。
しかも、私が質問をしたせいでここの場が荒らされる的な、すり替えまで起こそうとしている。

残念なのは、このように
自分は正しいと思って、全く間違ったことをしていることに気がつかない人も、
犬が好きだ、ということ。
私が犬だったら飼われたくない。
このブログにもたくさんの悪質なコメントが来ますが、その時点で削除して、必死で頑張る方の目に留まらないようにしてきました。
悪質なコメントを書く人は自分が正しいことをしていると思っているのかもしれませんが
悪意を感じます。

叱らない、というニュアンスが通じない理由はここなんだなと。
行動を変えなくてはね、という提案にも
「自分は正しい」
という主張が邪魔をしますね。

本当の平和がもたらされるでしょうか?

叱らない、という本当の意味は
人間であったら、人格を、犬だったら犬の格を、否定しないということです。
「こらっ」
とか、思わず叩いてしまったあとの心の痛みとかが…間違っていますよということではないのです。
そういう浅いことではない。
守りたいもの(犬)の前ではおろおろせず、その行動は不適切だよ、もっと違う行動の方が
落ち着けるよね?
ということを教えるということ。
びっくりさせたり悲しい思いをさせることではないのです。

記憶は生涯残ります。リセットできないんですね。
悲しい思いが持ち上がってきたときにそれを何とか抑えるために、自分はそのままで良いんだよ
ということを繰り返し与える。
人間の作り上げてしまった噛む、という行動が定着した犬。
繰り返し与えて、わけへだてなく与えて、軽快している犬たちが多いです。

そういう指導の毎日に、数多く寄せられる質問メール・・・
「一定期間の無視を勧められたのですが、自分が壊れそうです」
と。
普通の顔をして、犬にとって人間にとって辛い指導が存在するんですね。

誕生して、そして無条件で与えられる、衣食住。
これを保証しなくてはいけないわけですよね?
そして心は、しっかりと保護者、親である飼い主に正しく依存傾向を持ちます。(社会欲と言われるものだと思います)
FBに投稿したものですが

『依存性』http://www.1-ski.net/archives/000147.html

依存性とは、一般に、心理的・身体的安定の為に、他者や事物への接近・
同一化などを求める性質を表す。発達心理学では、子の親に対する依存を
意味することが多く、愛情や栄養など様々な心理物理的対象に対する動機づけ
としての依存欲求と、それを実現する接近や接触などの依存行動が含まれる。

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心理学の依存ですが、ただしい依存というのは病的ではないということ。病的な依存というのは、幼い頃に依存できる対象と、依存したいという対象に欠けていたからではないのかな、と想像します。
私の子供が1才の頃、かなり激しい人見知りを見せた時、周りの人は人に慣れさせろの一点張り。でも親業インストラクターの先生が一言「ママと他人を区別する能力にたけている」と。
そういう考え方のできる人間になりたいと強く思ったものです。
いずれ自分から離れて行く時のために、他からは依存し合うと見られる様子が必要な個体もいると思います。生き難い個体は、なかなか救いの手を伸ばされなかったり、自ら手を差し出せなかったりしますが、そういう人と共に生きたいと。自分自身がそうだから余計にそう思います。

この依存について理解できないから
犬が困惑している時に自信を持って抱けないのではないでしょうか。
間違った愛情なの?と心配になる自分がいるのではないでしょうか?

命について、
ムツゴロウさんの見解を心待ちにしています。
自分が信じるものを、変えなければいけないことってありますよね。

無条件で与えるもの、犬が本当に欲しいもの。
まずは満たさなければいけないのに、自分の都合に当てはめて犬を操作しようとするから
ボタンのかけ違いが生まれます。
噛むほどに興奮し、我を忘れた脳に必要なことは何か。
脳についてはまだまだ分からないことが多いわけですから、誰もが学び続けなければいけないと思います。

さて、今日は秋ヶ瀬散トレ。
このようなお話を皆さんのお顔を拝見しながらできることを嬉しく思っています。

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